伊豆旅行の宿に『伊豆長岡温泉』をおすすめする理由

伊豆半島の生い立ち。温泉やグルメも良き最高の土地ができるまで

観光

川崎から伊豆に移住するまでは、この伊豆半島が出来るまでの生い立ちなど考えたこともなかった。

もともと昔からある島だと認識していたのだ。地球の歴史本が好きで人類のルーツがアフリカが起源だったり、過去から現在までの歴史をたどるのは個人的にすごく好きなので伊豆の歴史についても調べてみたんだ◎

日本列島の歴史

はるか昔、恐竜がまだ生きていたころ日本列島はまだユーラシア大陸(ヨーロッパとアジアを合わせた領域を示す造語。今の世界とは異なり陸続きのところ多し!)の東端にくっついてた。

約2500万年前頃になると、プレート(地下で起きる岩盤の「ずれ」が耐えられなくなり地震が起きる原因)の影響で火山の噴火などの動きが激しくなり、大陸の縁が割れてきたみたい。

割れたところから徐々に海が入り込み、時間をかけて日本海になりユーラシア大陸から離れて日本列島になっていったのだ。列島の向きも現在とは異なり、約1400万年前頃くらいから現在の日本列島に落ち着いた。

しかし、まだこの時点では伊豆半島と日本列島は陸でつながっておりません。

伊豆半島ができるまで

約2000万年前までさかのぼります。この時点ではまだ伊豆半島は海底で活動する火山の集合体にすぎなかった。

出典:伊豆半島ジオパーク

『太平洋プレート』が、伊豆半島が乗っている『フィリピン海プレート』の下に沈み、
『フィリピン海プレート』は、本州がのっている『ユーラシアプレート』の下に沈み、
『フィリピン海プレート』の上にできた海底火山や島はプレートとともに北上して、100万年ほど前に本州に衝突。

出典:伊豆半島ジオパーク

陸地同士が海を埋め、現在のような伊豆半島の形になったらしい。陸上のあちらこちらで噴火が起き、天城山や達磨山といった山もできて今の形に。

やったー!やっとできました◎

オヤマックス
オヤマックス

世界でも似たような例がなく、超レアケースなんだってさ〜◎自然豊かで温泉もあり、都内からも好アクセス。地球の歴史が創り上げた天国ですな!

伊豆の地名にはアイヌ語が用いられてる

出典:北海道観光振興機構

『伊豆』という名前の由来もアイヌ語からきているというが、わたしが調べた限り諸説ありどれが正しいのかわからなかったので詳しい人いたら教えてほしいです!おなしゃす。

また、伊豆には伊豆三古湯がある。伊豆山の走り湯、修善寺、古奈の3つの湯を指しているが、この古奈もアイヌ語で『熱い水』って意味だそうな!

ちなみにわたし古奈に住んでます♪

伊豆半島とロシア

出典:富士旬景

1853年にロシアは軍艦4艦で長崎に入港し、その後ディアナ号と言うなの1艦で下田に入港した。

目的は、北海道・北方領土の国境問題を解決し通商条約を結ぶことだった。しかし、大地震が起こり港のディアナ号は、津波で船が大きく破損して浸水するほどに。沈没の恐れもあったので急いで修理する必要があったのだが、下田ではイギリスやドイツの軍艦に見つかると危ないので、伊豆半島を調査し目の触れにくい立地の戸田浦(田方郡戸田村)を修理地として決定した。

ディアナ号は戸田浦へ向かうべく下田を出航したが、途中で大しけに遭い宮島村(富士市)沖合で沈没した。しかし日本人の献身的な救助活動により1名の死者もなく全員上陸できた!その数なんと500名近く。

その後、てんやわんやありながらも下田長楽寺で日露和親条約の締結にいたったとの歴史。さらに、船も直してあげたりでいたでりつくせり◎まさにPEACE♪

滞在中のロシア人に対してはかかわるなと禁制があったにもかかわらず、戸田村民はとってもやさしくロシア人を面倒みたんだと。当時のロシア人の記録でも、「かれらは客好きで善良である。オランダ人以外の外国人を入国させないという法をまげてまで、私たちロシア人を暖かく迎え、住居や生活に必要なものをすべて提供してくれた。かれらは友情に厚く同情心に富み、私たちは滞在中、誰一人として侮辱を受けた者はいない。常に好意と尊敬を示し、日本を去るときにも友情を示し別れを惜しんでくれた」と残してるほどなんだってさ!

オヤマックス
オヤマックス

北方領土や天然ガスの問題がロシアとの外交で課題だが、あのころ思い出してPEACEにやってこうぜ〜ってノリになるといいですね◎

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